水戸黄門でお馴染み徳川光圀の理想郷、西山御澱
西山御澱跡について
黄門様でお馴染みの徳川光圀は、1628年6月10日から1700年12月6日を生きた徳川家の大名です。
徳川光圀は「世間の歳月の流れは私の知るところでない。なぜならこの山の中は別世界なのだから」と西山御澱で詠みました。自然豊かなこの地で光圀は晩年を過ごしました。
西山御澱の寝室で亡くなるまでの10年間を過ごし、「大日本史編纂事業」に生涯を捧げました。
通用門
大名屋敷ぽくない門で、領民と交流していたといわれています。
御文庫
3代綱條公は、光圀が亡くなってまもなく光圀の木像をこの建物に安置しました。1817年に焼失してしまいましたが、復元された光圀の木像が徳川ミュージアムで見られます。
助さんの住居跡
西山御澱から散策がてら、水戸黄門でお馴染みの「助さん」の住居跡もあります。35歳の時に徳川光圀の忠臣となりました。
西山御澱跡の詳細
所在 | 茨城県常陸太田市新宿町590 |
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電話番号 | 0294-72-1538 |
営業時間 | 9:00~16:00 |
休業日 | 年中無休 |
料金 | 大人1500円、子供900円 |
アクセス | (車での来訪がおすすめ)JR常陸太田駅からタクシーで約5分 |
西山御澱の地図