山手西洋館巡り 山手隧道
  • 15:29 山手隧道

  • 山手隧道は、1923年に発生した関東大震災の復興事業として建設された古いトンネルです。トンネルを通る時「ヤッホー」と言ってみた。音の響きが良かった。
山手西洋館巡り 外交官の家
  • 15:49 山手西洋館巡り 外交官の家

  • 写真は正面ではなく後ろから撮ったものです。アメリカ人建築家で、立教大学の校長を務めたガーディナー設計の「外交官の家」。元々、渋谷に建てられていたものを移築したらしい。
山手西洋館巡り ブラフ18番館
  • 16:03 山手西洋館巡り ブラフ18番館

  • 関東大震災後に建てられた木造2階建ての外国人住宅。かわいいお家。
山手西洋館巡り 日本庭球発祥之地
  • 16:39 日本庭球発祥之地

  • 日本初の様式公園である山手公園内に1878年(明治11年)、2面のコートが作られ、日本で初めて、近代テニスが本格的に行われるようになりました。
山手西洋館巡り テニス発祥記念館
  • 16:42 テニス発祥記念館

  • なんだか「エースをねらえ!」に出てきそうだなと思ったのが第一印象。中へ入ると歴代のラケットが展示されていました。スポーツする気あるのか?!と言いたくなる洋服を来て貴婦人がテニスに興じている写真がありました。
山手西洋館巡り 山手68番館
  • 16:43 山手西洋館巡り 山手68番館

  • バンガロースタイルの外国人向け賃貸住宅の一つ。暖炉用ラジエター・電熱・瓦斯・給油設備が整っていることが外国人向け貸家の条件でした。セレブの香りしかしない。
山手西洋館巡り ベーリックホール
  • 17:14 山手西洋館巡り ベーリックホール

  • イギリス人貿易商べーリック氏の邸宅として、1930年(昭和5年)にアメリカ人建築家モーガンにより設計されました。現存する戦前の山手住宅の中では最大規模の建物です。
山手西洋館巡り 山手234番館
  • 17:24 山手西洋館巡り 山手234番館

  • 1927年(昭和2年)頃外国人向けの共同住宅(アパートメントハウス)で、関東大震災により横浜を離れた外国人に戻ってきてもらうための復興事業の一つとして建設されました。
山手西洋館巡り 山手十番館
  • 17:30 山手西洋館巡り 山手10番館

  • 「20歳になったら、ディナーしたい!」と父に言った、12歳の私。
    成人式の日、約束通り父がプレゼントしてくれたディナー。苦手だったフォアグラさえ、とろける美味しさだったこと忘れません。
山手西洋館巡り 外国人墓地
  • 17:33 山手西洋館巡り 外国人墓地

  • 時は幕末。ペリーが日本にやってきた。アメリカ海軍の水平がフリゲート「ミシシッピ」のマストから誤って転落死した為、ペリーが海の見える所に墓地を設置して欲しいと言ってきた。以後、40か国余り、4,400人ほどの外国人が眠っています。
山手西洋館巡り イギリス館
  • 17:52 山手西洋館巡り 横浜イギリス館

  • 色々な洋館を巡って来ましたが、戦争に突入する前の昭和初期のものが多いですね。こちらの建物も1937年(昭和12年)に建てられました。地下にはワインセラーもあるそうな。
山手西洋館巡り コクリコ坂の旗
  • 18:03 コクリコ坂モデルの旗

  • 旗がなびく、その瞬間がシャッターチャンス!洋館を巡るだけで、かなりリッチな妄想をすることができたお散歩でした。坂道が沢山あるので、疲れてきたら足をとられないように注意して下さい★