家族で楽しむ放送の歴史、NHK放送博物館

NHK放送博物館について
NHK放送博物館は、世界初の放送専門博物館として誕生しました。放送の始まりから玉音放送、オリンピック、紅白歌合戦、歴代の大河ドラマや朝ドラまで、日本の放送史を豊富な資料で紹介。キャスター体験や8Kスーパーハイビジョン上映など最新技術も楽しめる、放送の過去と未来が一度にわかるスポットです。

スーパーターン
スタイルアンテナ
かつて東京タワー最上部に設置され、総合・教育テレビの送信用として活躍していたアンテナの一部です。昭和から平成へと時代をまたぎ、52年6か月もの間、関東一円へ電波を送り続けました。平成23年7月24日のアナログ放送終了とともにその役目を終え、長い歴史に幕を下ろしました。

東京放送局仮放送所 看板
1925(大正14)年3月22日、日本初のラジオ放送は、東京・芝浦にあった東京工芸学校図書室の一隅に設けられた「東京放送局仮放送所」から始まりました。正式なスタジオや送信設備が整うまでの間、ここから試験放送や仮放送が行われ、放送技術の基礎づくりに大きく貢献しました。

373型
ダブルボタンマイク
373型ダブルボタンマイクは、日本のラジオ放送黎明期に使用された貴重なマイクで、日本初のラジオ放送も芝浦の仮放送所から、この1本のマイクを通して届けられました。湿気に弱く扱いが難しい機材でしたが、感度を保つために細かな調整を重ねながら運用されました。
愛宕山の新局舎が完成して本放送が始まるまでの約4か月間、わずかな設備しかない仮放送所のスタジオで、このマイクはニュース、天気予報、音楽演奏、講演、ラジオ劇など多彩な番組を支え、日本の放送文化の出発点を担いました。

東京放送局 局舎模型
1925年7月、東京放送局は芝浦の仮放送所から愛宕山の新局舎へ移転しました。ここは日本の本格的なラジオ放送の中心となり、高さ45メートルの鉄塔2基に送信用アンテナを設置して電波を発信しました。

遠くの光景を目の前に再現する無線遠視
無線遠視(むせんえんし)は、遠くの光景を離れた場所にそのまま再現しようとした初期の映像伝送の概念です。遠方の様子を電気信号に変えて送り、受信側で映像として再現する仕組みで、のちのテレビ放送につながる技術的発想として注目されました。まだ実用化が難しい時代でしたが、「離れた場所の光景を直接見る」という夢を形にしようとした先駆的な試みでした。
1926年(大正15年)12月25日、高柳健次郎は電子式映像伝送の実験で、ブラウン管に「イ」の文字を映し出すことに成功しました。これは日本におけるテレビの黎明期を示す画期的な成果であり、映像を電気信号として伝える技術の第一歩となりました。

反射型テレビ
1940年に開催予定だった東京オリンピックに向け、日本ではテレビジョンの暫定標準方式が制定され、各メーカーが受像機の実用化を始めました。当時の受像機は30センチ(12インチ)の丸型ブラウン管を使用していましたが、全長が非常に長かったため、ブラウン管を縦に設置し、フタの裏側に取り付けた鏡で反射させて映像を見る方式が採用されました。しかし、東京オリンピックの中止とともに研究開発も一時中断されました。

60年代お茶の間再現

紅白歌合戦の歴史
手書きから印刷へ。そして、筆跡の変化もあり、歴史を感じます。

にこにこぷん
懐かしさがこみあげる!過去の番組で使用された着ぐるみの展示があります。また、映像に合わせて音響を体験できる音響効果コーナーもあり、番組制作の臨場感を楽しむことができます。
NHK放送博物館の詳細
| 所在 | 東京都港区愛宕2-1-1 |
|---|---|
| 電話番号 | 03-5400-6900 |
| 営業時間 | 9:30~16:30 |
| 休業日 | 月曜日、年末年始(祝日、振替休日の場合は翌日) |
| 料金 | 無料 |
| アクセス | 【日比谷線】神谷町駅下車(3番出口) 徒歩8分、虎ノ門ヒルズ駅下車(A1出口) 徒歩10分 【銀座線】虎ノ門駅下車(1番出口) 徒歩13分 【都営三田線】御成門駅下車(A5出口) 徒歩10分 |
