世界遺産、旧富岡製糸場

旧富岡製糸場について
旧富岡製糸場は、「富岡製糸場と絹産業遺産群」として世界遺産に登録されています。富岡製糸場は、日本初の本格的な器械製糸工場として設立されました。
江戸末期に開国した日本では、生糸や蚕種、茶などの輸出が急速に拡大しました。当時、ヨーロッパの主要生糸生産地であるイタリアやフランスでは蚕の病気が流行し、中国の生糸輸出も低迷していたため、日本の生糸への需要が急増しました。その結果、質の安定しない生糸が大量に作られるようになり、国家として品質向上の必要性が高まりました。
そこで日本政府は国策として器械製糸工場を建設し、官営模範工場として富岡製糸場を設立しました。設計はフランス人技師エドモン・オーギュスト・バスチャンが担当し、1872年に世界最大級の規模を持つ製糸工場として完成しました。
当時としては先進的な労働環境も特徴で、七曜制の日曜日休みや、年末年始・夏季休暇がそれぞれ10日間設けられていました。工女の労働時間は1日約8時間で、食費・寮費・医療費は製糸場が負担するなど、福利厚生も充実していました。
戦時中も製糸工場として機能し、空襲などの被害を受けることなく、開業当時の建物が現代まで残っています。1987年2月26日に操業を停止し、現在は歴史的価値を伝える施設として公開されています。

旧富岡製糸場の建物は、明治時代に建設された日本初の本格的な器械製糸工場として、当時の最新技術を取り入れて作られています。
特徴的なのは、木骨レンガ造の建築様式です。これは、木の骨組みにレンガを積み上げる工法で、建材には国内産と海外からの輸入品が組み合わされ、ボルトやナットは輸入品を用い、セメントの代わりに漆喰が使用されました。

富岡製糸場が建設されたのは明治5年(1872年)。日本でまだ本格的なレンガ生産技術が確立されていない時期でした。そのため、富岡のレンガは現地で職人たちが手作業で焼き上げたもので、「低温焼成」により柔らかく、ややオレンジがかった色味が特徴です。
富岡製糸場から“進化した赤レンガ” 旧三河島汚水処分場喞筒場

国宝 繰糸所
建物の内部は広く、操糸場は全長約140メートルもの大空間で、フランスから輸入された300台以上の繰糸器(リール)がずらりと並びました。蒸気機関の動力を使い、繭から糸を引き出して巻き取る、当時としては最先端の「器械製糸」が行われていました。
工場内は広く明るく、天井には採光のための大きな窓が設けられ、湿度を一定に保つ工夫もされていました。生糸の品質を守るための環境設計が徹底されていました。
作業台には若い女性工員(工女)たちが並び、一日約8時間、糸を丁寧に紡いでいました。「富岡の糸は世界一」と言われるほど品質が高く、日本の生糸が海外で高く評価されるきっかけにもなりました。

ブリュナ館
富岡製糸場の敷地内に建つ「ブリュナ館」は、創業当時に工場の指導を行ったフランス人技師 ポール・ブリュナ(Paul Brunat) の住居兼事務所として建てられました。1872年(明治5年)の創業と同時期に完成した、木骨煉瓦造の2階建て建築です。
外観はフランスの住宅建築を思わせる洋風のデザインですが、内部には畳敷きの和室があり、生活の場として日本の風習が取り入れられています。

窓ガラスには当時の技術の未熟さから生じたゆがみが見られ、現在のガラスと比較すると、技術の進歩を感じることができます。
明治時代、日本は西洋から多くの建築技術を学びました。富岡製糸場もその一つで、フランスの技術指導を受けながら、日本の職人たちは慣れない煉瓦づくりや構造設計に挑戦しました。ただ真似をするのではなく、気候や土質に合わせて試行錯誤を重ね、実地で学び取りながら徐々にその技を身につけていきました。日本の技術者達の努力の結晶が建物に残されています。
旧富岡製糸場の詳細
| 住所 | 群馬県富岡市富岡1-1 |
|---|---|
| 電話番号 | 0274-64-0005 |
| 営業時間 | 9:00~17:00(最終入場は16:30) ■ ガイドツアー 【平日】9:30、10:30、11:30、13:00、14:00、15:00 【土日祝】9:30、10:00、10:30、11:00、11:30、13:00、13:30、14:00、14:30、15:00、15:30 ※各回40分程度 |
| 休業日 | 年末(12月29日~31日) |
| 料金 | 【入場料】大人1000円、高校・大学生(要学生証)250円、小中学生150円、未就学児無料 【ガイドツアー】大人200円、中学生以下100円、【音声ガイド】無料 |
| アクセス | 高崎駅から上州電鉄に乗り換え上州富岡駅下車、徒歩約15分 |
| URL | 富岡製糸場 |
旧富岡製糸場の地図
