教科書にでてくるあの人は一体何者なのかを調べ、ゆかりの地を往く。恥ずかしながら、旅先で出会う銅像にハテナ?が浮かぶこと多数でして…。歴史は好きだが、知識のない私が本読み、知ったスゴイ人達。知れば知れる程、ゆかりの地が神聖な場所に見えてくる。興味が沸いてくる。ワクワクする。決して専門化ではなく素人が本を読んで知ったことをまとめたという事をご了承いただいて、「日本の偉人たちの人物探訪!」をお楽しみください。

戦国武将

水野勝成
1564.9.20~1651.5.4

戦国時代から江戸時代初期にかけえ活躍した武将。若いときは、いつも一番槍で戦をかけ回り、大物大名から次々に声がかかる暴れ者。そんな武者が、備後福山藩の初代藩主となり善政を敷いた。関ケ原を戦い、島原の乱にも赴いた戦を知る強者。

幕末生まれ

鍋島直正
1815.1.16~1871.3.8

佐賀藩の財政を立て直した名君藩主。三重津海軍所で国産初の実用蒸気船"凌風丸"が完成させるなど、日本の将来を見据え軍備を強化。日本一の軍事力を持つ藩へと成長させました。戊辰戦争まで中立の姿勢を保ち、諸外国の植民地化を防いだ一因となる行動をとりました。

五代友厚
1836.2.12~1885.9.25

今すぐ攘夷!という風潮のなか、ひとまず開国し日本を強くした後に攘夷をすべきという新しい思想の持主でした。そのため、幕末から明治維新へ変革する世で、天下の台所だった大阪が新しい貨幣制度により大打撃を受けることを予測し支え、現在の大阪の礎を築きました。

ジョサイアコンドル
1852.9.28~1920.6.21

イギリスのロンドン出身。お雇い外国人として来日し、数々の日本建築を手掛けました。また、辰野金吾(東京駅設計)、片山東熊(赤坂離宮設計)ら創世期の日本人建築家を育成しました。日本女性と結婚し、日本文化を愛し、日本で生涯を閉じました。

辰野金吾
1854.10.13~1919.3.25

国の重要文化財を多く残している、日本が誇る建築家。東京駅や日本銀行本店などを手がけ、その設計の頑丈さから「辰野堅固」と呼ばれました。東京帝国大学造家学科へギリギリの成績で入学。ジョサイア・コンドルに教えられ、猛勉強の末、首席で卒業した努力の人。

明治生まれ

種田山頭火
1882.12.3~1940.10.11

「分け入っても分け入っても青い山」などのような、感情を自由に表現する自由律俳句を確立したひと。幼少期の親族たちの相次いだ不幸からなのか、その生活スタイルは自堕落そのもの。放浪の中にしか人生を歩めない孤独とお酒に溺れ、脳溢血により生涯を閉じた。